浮かび上がる軌跡

photo by https://pixabay.com/ja

つながる点と点

今年一年の総まとめ記事を書こうかと、休日の今朝から過去記事を読み返していたわたくしですが、自分で読んでいてもどの記事も捨てがたく、おまけに書きたいことがありすぎて、とてもじゃないけど記事ひとつにはまとまりそうにないなと、早くもちょっとした挫折感を感じ始めている今日この頃笑。

大体、1年間もの経験をわずか3千文字程度にまとめるってこと自体まず無謀でした。どれだけ削ぎ落として抽出したとしても、現実的にちょっと無理がありますよね。

少し方向転換して、直近の出来事と関連のある記事をタロットカードのごとくピックアップし、なおかつそこから想起されることをプラスして書いてみようかなと。これぞまさに占い的ライティング法。

なにもそんなに急いで振り返る必要もないし、なんなら年明けてからも何度でも振り返ったっていいのです。要はそこから何を汲み出すかってことが大事。と、自分自身に言い聞かせてます。

ここ最近起こったことのキーワードとしては「キロン」「牡牛座」「十牛図」など、どれも”牛”に関連していることに気づきました。これはなにかの暗示なのか。

そこから何が視えるか

過去記事で牛に関連した記事といえば、今年2月に書いた以下のエントリーがありました。

voyagernote.hatenablog.com

余計な先入観を捨てて純粋に楽しむこころも大切ですが、まずはその体験そのものに対してじっくりと取り組むということから始めないと、やりがいや楽しさも生まれてきませんよね。

じっくりと取り組むには「時間」が必要です。日頃から忙しい・急がしい生活を送っていては、この”味わうこと”とは程遠いものとなってしまいがち。タイパやコスパ、なにかと時間に追われているわたしたち現代人から、この”味わう”という豊かさがどんどん失われているようにも思えます。

ないと思えばない現実が、あると思えばある現実が目の前に顕れます。当たり前で、つい見過ごしてしまっているものに少しだけ意識を向けてみる。そこにはまた違ったものが映るかもしれませんね。

わたしのネイタルチャートにおいて、牡牛座のサインにはないと思われていた星、のちの経験から意識してみたところ浮かび上がってきた、まさに鍵のかたちをした「キロン」。例えばそんな小さなきっかけからはじまる展開。

キロンリターンを迎える50年を前に、わたしの太陽星座である牡羊座にいままさにやって来ていることも、すべてが偶然ではないのかもしれません。

どんなことでも糧となる

上の記事を書いた当時は、これまで経験を蔑ろにしていたなあなんて勝手に思い込んだりしてましたが、どんなことでも経験は経験です。誰でも平等で、そこには優劣などない。その経験をこれから先どんなふうに用いるか、そのことこそがいちばん肝要。気づかせてくれた過去にまずは感謝したいところです。

ameblo.jp

以前紹介したZen Tarotの公式サイト。今回出たカードは可能性のカード。

結果という過去に囚われてないで、可能性という未来を見てみようとのこと。なんともポジティブなメッセージじゃないですか。

安易に満足してはいけない。安易に満足してる者たちは、いつまでたっても小さいままだ。その喜びも小さく、そのエクスタシーも小さく、その実存も小さい。

心(マインド)は、どこのどんな境界でも受け容れることができる。だが現実はこうだ。--存在には、その本性そのものからして、どんな境界もありえない。

マインドの境界を越えて、境界がない世界というのは、比較する対象もない。小さく感じる理由もない。可能性しかありません。
実存は可能性そのもの。存在は可能性そのもの。全てのものがわたしであり、わたしが全てだからです。

引用:可能性 : Possibilities <小アルカナ:火:行動> | OSHO禅タロットで簡単自己メンテ☆

例えば、「波動を上げる」なんて言葉を聞いたりしますが、それは単に言い方の違いだけで、それは鷲のような高い視点を持てという意味なのかもしれません。

ほんとうにやりたいことを想像したとき、腹の底から湧いてくるもの。それこそが「わたし」本来の姿なのかもしれません。

想像力を創造力へと変えるのは、まぎれもない、わたし自身なのです。

www.youtube.com